遺影の不思議


「この写真、お婆ちゃんが選んでた写真だねぇ。一緒にお爺ちゃんと孫二人が並んでる写真でしょ?」なんてことを遺影を見た長女がいうのです。まさか、と思っていたのです。

父が亡くなったとき母は自分の遺影を決めてました。「私のときはこの写真でね。」そんなことを言って何かに挟んでいたなぁ。それは覚えていたんですが、ボクも大奥も誰もその写真をついに見つけることが出来なかったのです。見つからないのを残念に思いながらも、他の写真の中から良さそうな写真を探しました。何枚かの候補を出し、あれこれ理由を並べながらようやく一枚の写真を選んだのです。

昨日は実家へ行っていろいろと整理を始めました。これは処分しようとか、これは残しておこうとか、これは形見として持っていようとか、そんなことを昨日から始めたのです。すると出てきたんですよ、その母指定の写真が! 封筒に入って、メモが入って、一冊のノートの間に挟まっていました。そしてその写真を見てみると、何と選んだ写真と同じ写真が出てきたではないですか!

長女がよく覚えていたものだと感心もしましたが、それより何より、よくもまぁ我々にその写真を選ばせたものだとびっくりしたわけです。何百枚もある写真の中から一枚を選ばせるのは、確率的にも単なる偶然と思ってしまうわけにもいきますまい。これはこれで「不思議なこと」として語り継がれていくのでしょう。

正直、鳥肌が立つほど不思議に思いました。

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母の女子力

喪主の挨拶の時には母についての話しもしました。
母はいわゆる昔の人ですからたくさんの素養を身につけていました。
例えば、和裁、茶道、書道といったものです。

ボクがまだ小さかった頃、母は毎日のように着物を縫っていました。
その着物は家族のものであったり、他から請け負ったものもであったり。
部屋の中ほどに座って縫い物をしているのですが、
ボクが母に近づこうとすると三尺の物差しで追い払われるのです。
後に姉から聞いたところによると、着物にはたくさんのマチ針が刺さっていて危なかったからだと。
理由はそれだけだったのかはいささか微妙ではありますが。

たまに近所の若い女性が習いにも来ていました。

正月になると必ずお茶の道具一式が部屋に置かれます。
で、母から作法についていろいろと手ほどきを受けるのですが、
照れくさくもあるし何となくやるだけで終わってしまいます。
作法の形だけは覚えるには覚えたのですが、
茶の湯の心みたいなものは何一つ身に付きませんでした。

大奥や娘達は喜んでやっていましたが。

書道には最も長けていたかもしれません。
何しろ「峯月」というペンネームまで持っていましたから。
毎年、日本書道連盟だったか、コンクールに出品していました。
また、その技術を活かした仕事も長年していました。
子供もさぞや字がうまいのだろうと思われがちですが、
とんでもない! 子供は人を小ばかにしたような字を書きます。

書初めは、母に書いてもらった見本の上に紙を置いてなぞってました。

何故こういった技術を引き継げなかったのか。
ああ、もっと真剣に教わっておけばよかった...。
ただただ、これだけが悔やまれてなりません。

平成24年7月21日 母逝去 享年91歳

3年前のちょうど今ごろ、7月15日88歳を迎えたばかりのころ、
直腸癌が発覚、直腸全摘出という大手術をしました。
術後の経過は順調で1ヶ月ほどで退院できました。
自宅に帰ってからは何でも一人で出来るほどに回復し、
何事もない極普通の生活を送っていました。
しかし、癌の種は取りきっていなかったのでしょう、
昨年の今ごろ癌の再発が確認されました。

歳は既に90歳、手術にも抗癌剤治療にも耐えられません。
主治医から「末期治療」の段階を宣告されました。
それでもしばらくは自宅での療養を続けていました。

平成23年11月30日、息苦しさが酷くなり入院。
胸水(きょうすい)といって肺に水が溜まったのです。
その水も抜き取れば良いというものでもありません。

入院はその日から亡くなる日まで続きました。
既に根本的な治療は出来ないので対処治療だけの治療です。
良くなって退院することはもうありません。
覚悟は決めました。

母は最期まで弱気になることはありませんでした。
根っからの楽天家というか、前向き、ポジティブな人でした。
明るく元気に話しもできました。
それは我々家族にとってはとてもとてもありがたいことです。
母には最後の最後まで感謝の気持ちで一杯です。

今まで本当にありがとうございました。

(追記)
久々のブログ更新がこのような内容になってしまいました。
平にご容赦願います。

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再生への一年


大震災から一年が経過しました。この間、様々な分野で再生に向けた活動が行われてきましたが、良い面も悪い面も含めていろいろと浮き彫りになった一年でもあります。

過去何度も危機を乗り越えて来たことが示すように、我々日本人は知恵も技術も忍耐も持っています。そういった底力を発揮すれば今回の危機も乗り越えていけるんだと信じています。が、復興は思ったように進んでいません。復興の前提となる瓦礫の処理も、全体量(岩手、宮城、福島3県)の6%とほとんどてつかずの状態。瓦礫の処理については日本全体で対処しなければ解決できないのですが、その受け入れについて躊躇している自治体のなんと多いことか。

焼却施設など技術的な問題で受け入れられないのはしょうがないのですが、放射線からの影響を不安視する地域住民の声に配慮した受け入れ拒否はいかがなものでしょうか。確かに原発事故の影響で多量の放射性物質が降り注いだ瓦礫もあるでしょうがそれはまるっきり別、混同してはいけません。それとは別のところから受け入れようとする瓦礫について、放射線量が~だから不安だとか、~だから安全だとか、そういった議論もないまま不安だけが一人歩きしています。姿なきものへ漠然と抱く不安はわからぬではありませんが、ならなぜ国なり研究機関なりが物事をはっきり整理しないのでしょうか。

しかし「被災地からは塵一つ受け入れない」という(重度のikareatama)の団体まで出てきたのには驚き言葉も出てきません。ごく普通の状態の我々の身体からも、カリウムからの放射線を絶えず放射しています。線量は3,500〜4,000ベクレルだそうです。このような過剰反応は被災地を置き去りにし、被災地から避難した子供たちを差別し、避難民に過度のストレスを与え、避難する必要のなかった病人を死に追いつめ、途方に暮れた人を自殺に導き、と、深刻な二次災害を引き起こしているのです。無知が引き起こす大罪です。

復興にはまだまだ時間がかかるということは誰の目にも明らかなことです。ならば、この一年を振り返り、改めるところは改め少しでも合理的な方法を見つけながら次の一年を進んで行きたいものです。これは我々一人一人が考えなければならないことです。

めげずに!

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おめでと、ウェンちゃん♪

昨日はウェンディの誕生日でした。
今年でちょうど10歳になります。
Anticaというバンドも今年は結成10周年です。
同じ歳なんだと今年になってわかりました。

大型犬の10歳は、ヒトでいうとだいたい75歳くらい(諸説ありますが)。
そのわりにはテキパキと動き回ります。
ショートカットにしちゃったし、これでヒョウ柄のスパッツでも履いたらアータ、
大阪のおば...(ry

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毛もだいぶ伸びてきたと思うんですが、まだ元に戻ったわけではありません。
今朝も玲パパに

「まだゴールデンじゃないなぁ...コールテンくらいだな。あははは。」

と言われたばかりです。(^^;
前から見るとゴールデンぽいんですが。

Wblog20110906011

頭もよく見るとボブ、ってゆーか、ワカメちゃんカット。(^^;
ここから上がゴールデンで下がラブでございます、っていう頭です。d(^-^)
ま、そのうちね、伸びてくるでしょ。

<師匠>
ウェンちゃん、10歳おめでとね。

<ウェンディ>
へへへ~ん。U(^エ^)U

<師匠>
何だよ、その薄気味悪い微笑みは。

<ウェンディ>
おまんじゅうでしねぇ。U(^エ^)U

<師匠>
え? なに? それがどーしたの?( ̄- ̄;

<ウェンディ>
へへへ~ん。U(^エ^)U

<師匠>
わ、わかったよ!
ちょっとだよ?(^^;

お饅頭を半分こして誕生日を祝いました。

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ちょっと伸びたマルガリータ

【そろそろ朝晩は涼しくなり過ごしやすくなってきた。特に朝方は涼やかな空気に溢れ、そろそろ秋もそこまで来ていると思うようになった。】

<師匠>
アタシには見える...。( ̄- ̄)

<ウェンディ>
何か美味しいもんがあるでしか?U(^エ^)U

<師匠>
何言ってんだよ、ウェンディは。
見えるのはね、秋だよ秋。
もうすぐそこまで来てるのさ。(^^;

<ウェンディ>
秋といえばでしね、しょこーく(食欲?)の秋でしね。
やっぱ美味しいもんが来てるんでしねぇ。U(^エ^)U

<師匠>
どうしてもそっちから逃れられないんだなぁ。(^^;

【これからちょっとずつ涼しくなっていくのだろうが、師匠には心配事がひとつあるようだ。それは今朝の散歩のときのこと...。】

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<おじさんAa+> (S&Pの格付けみたいな名だ(^^;)
あれ? ワンちゃん変わったの?

<師匠>
いーえ、変わってませんけど?
あ、暑かったから毛をかっちゃったんです。(^^ゞ

<おじさんAa+>
えぇ? .....あ、そっかそっか。(^^;
なーんだ、心配しちゃったよ。わははははは。

【今まであまり見たこともないおじさんにこんなことを言われてしまった。ほほ~。見てないようでけっこう見てるもんなのだなぁと、感心する師匠であった。反面、誰がどこで何を見てるかわからないといった不安も頭をよぎった。そんな心配事が師匠の...】

<師匠>
違うってーの。
見られて困るようなことしてないからいいの、そんなこと。(^^;
それより心配なのはさ。

<ウェンディ>
ウエンジの毛が伸びるかどーかでし。U(^エ^)U

<師匠>
がーん! よくわかったねぇ。(^^;

<ウェンディ>
師匠、毎日言ってんじゃねーでしか。
昨日もおばしゃんに「生えてくっかなぁ?」って。

<師匠>
あ、そーだっけ?(^^ゞ
でもさ、みんなで心配してんだよ?

<ウェンディ>
そんなに心配されるとこっちも不安になるじゃねーでしかい。U( ̄エ ̄;U

<師匠>
だ、だいじょーぶ! 絶対生えてくるから。(^^;

<ウェンディ>
世の中、絶対なものはねー!って師匠言ってたでし。U( ̄エ ̄;U

<師匠>
あははは、そーだっけか?(^^;
でもね、ウェンちゃんのは大丈夫だから。

<ウェンディ>
生えてこなかったらどーすんでしか?

<師匠>
そーだなぁ...ダウンジャケット買ってやる。(^^;

<ウェンディ>
背中にニャンコの絵が描いてあるやつでし。U( ̄エ ̄;U

<師匠>
はいはい、ニャンコのヤツ。(^^;

<ウェンディ>
ダウンはほんもんで軽~いやつでし。U( ̄エ ̄;U

<師匠>
はいはい、軽~いヤツ。(^~^;

<ウェンディ>
色は元気なオレンジでし。U( ̄エ ̄;U

<師匠>
はいはい、オレンジね。( ̄A ̄;

<ウェンディ>
そんならいーでし。U(^エ^)U

<師匠>
はい、よかったでし。orz

【今年の夏は毛を刈ってわりと楽だったと思えるウェンディ。だから毛を刈ることは良いのだが、刈る時期は良く考えないといけない。ヒトと同じように1ヶ月に1cmほど毛が伸びるとしたらどうなのだろ? 5cm刈ったら5ヶ月かかる。ということは、7月に刈ったら元に戻るのは12月頃になる。逆算して11月ころ元に戻そうとしたら6月頃に刈るのが良いのか? 来年のことを考える師匠であった。】

<師匠>
ふ~~~むぅ...。( ̄^ ̄)

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トラ刈リータからマルガリータへ


<師匠>
やっちゃったねぇ、ウェンディ。
よく似合うじゃないか。(^^;

<ウェンディ>
まーね!でし。U(^エ^)U

<師匠>
しかしまぁ思い切ったもんだなぁ。
あ、ウェンちゃんがじゃなくて、
大奥とアキッペがさ。(^^;

【この夏もかなりの高温が予想される。小暑が終わってもうじき大暑。その後は猛暑、酷暑と続いていきそうだ。おまけに節電もしつつどうにか乗り越えて行かなければならない。】

<師匠>
だいたいが冬支度なんだよね、ウェンディは。(^^;

<ウェンディ>
好きで厚着してるわけぢゃねーんでし。U( ̄エ ̄;U

<師匠>
そりゃそーだ、ごめんごめん。(^^ゞ

【そんなわけで今年はついにウェンディのサマーカットを実施したのだ。サマーカットといってもバリカンで刈っただけだけどね。(^^;】

Wblog201107161

【いちおーエプロンと尻尾は残した。(^^;】

<師匠>
全部刈ったらゴールデンじゃなくなちゃうからね。(^^;

<ウェンディ>
ぷらーど(プライド?)ってやつでし。

Wblog201107162

【金色の部分が少なくなって全体的に白っぽくなった。】

<師匠>
色白になったんだよね。(^^;

<ウェンディ>
びーはくでし。U(^エ^)U

<師匠>
しかしまぁ、何だねぇ。
後姿はほぼラブラドールだよなぁ。

<ウェンディ>
らぶらぶなんでしからね。U(^エ^)U

Wblog201107163

<師匠>
何か貧相な姿じゃなーい?(^^;

<ウェンディ>
師匠の撮り方がわるーでし!U( ̄エ ̄)U

<師匠>
そかね?(^^;

【何というか、ラブの身体の上にゴルの頭乗せたような感じ?(^^; それと毛を刈ってみると想像以上に細っこいウェンディなのだった。】

<師匠>
玲パパが「5Kgくらい体重少なくなったんじゃない?(^^;」
なーんて言ってたじゃないか。

<ウェンディ>
だーえっとでし、だーえっと。U(^エ^)U

Wblog201107164

<師匠>
ここだけ見ると前のウェンディと変わんないよね。

<ウェンディ>
びーじーんでしよね。U(^エ^)U

<師匠>
そ、そーね。(^^;
ま、なんだぁ、マルガリータになって良かったよ。

【ウェンディがマルガリータになるまではいろいろとあったのだ。発端は次女のアキッペ。ウェンディが暑かろうってんでお腹と背中の毛をハサミで切ったのだ。】

<アキッペ>
あ~、失敗しちったな。(^~^;

<師匠>
可哀想なウェンディ...。(T~T)

【そんなトラ刈リータのウェンディを見るに見かねたワン友のディディさんがバリカンを貸してくださった。d(^-^) そのバリカンを使って、改めてアキッペと大奥が二人がかりでウェンディを丸刈りにした。トラ刈リータがマルガリータになったのだ。】

<師匠>
ディディさんのおかげだよ。
ほんとに良かったよかった。

【この成功体験ですっかり自信をつけた大奥とアキッペ。自前のバリカンを買うつもりになっている。(^^;】

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待ちわびた女...

会社から帰宅する。
玄関のドアを開ける。
すると決まって待ちわびた女がそこにいる。

女の名はウェンディ。毛の色は金色だ。

辺りがどんなに寝静まっていようとお構いなし。
大声で文句をたれる。

<ウェンディ>
こんな時間までどこ行ってたでしか!U( ̄エ ̄)U
ちゃんと連絡入れないとダメじゃねーでしか!
ごはんも食べずに待ってたでしかんね!

ほ~ら、ねぇ?(^^;

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待つおんな...

朝5時30分、部屋の目覚ましがなると必ずこの女が現れ、そこで待っている。
女の名はウェンディ。毛の色は金髪だ。
待ってるのは階段を上がったところ、それ以上はこっちへ来ない。

健気に待ってる風でもあるが、実は

<ウェンディ>
師匠、遅っせーでしねぇ。
はーくするでし。U( ̄エ ̄)U

という目で見る。(^^;

ほ~ら、ねぇ?

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ブラタモリ風旧街道ぶらり旅

いつかはやりたいと思っていたことを昨日実現させました。といってもそれほど大した話ではありません。実現したというのは、旧日光街道を日本橋から北千住までテクテク歩いてみようというもの。距離にして二里、実測すると9km弱といったところです。

日光街道は日本橋を起点にして日光の東照宮へ向う街道です。千住宿はその街道の最初の宿。今でも宿場街の面影をほんのちょっと残しています。今回のぶらり旅では、その街道を実際に歩き、江戸時代の人々の気持ちをほんのちょっとでも味わってみられればと思っていました。

昨日歩いたのは、女子1人、男子2人の計3人。水戸黄門の旅のようではありますが、昨日の顔ぶれですと「かげろうお銀」「風車の弥七」「うっかり八兵衛」の配役がピッタリかもしれません。(^^;

スタート地点の日本橋には14時に集合しました。

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三人衆、揃ったところでいざ出発です。旧街道は日本橋からしばらく北上し、日本橋三井タワーの交差点を右折します。まずは最初の一里塚がある浅草雷門を目指します。

しばらく歩くと日本でも有数の問屋町「日本橋横山町」にやってきました。

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な~んか他人の住む町って気がしないんですが。皆さん親戚なんじゃないかと。(^^;

靖国通りを渡ると浅草橋です。江戸には36の見附(見張り所)があったそうですが、この浅草橋にも浅草見附という見附があったそうです。

神田川にかかる浅草橋。橋の上からはたくさんの屋形船が見えました。ここから隅田川に出て、花見や月見、花火などを楽しんだのでしょう。

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いよいよ浅草に近づいてきました。左側には有名な「駒形どぜう」が見えてきます。

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うちの父親は浅草が好きで休日のたびに子供をつれて来てました。このどじょう屋さんにも何回かきたことを覚えています。どじょうって、決して美味しいものでもないんですけどねぇ。(^^; ほんとは浅草の松屋(デパート)の食堂でチョコパを食べる方が良かった。
そうこうしてるうちに雷門に到着しました。

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この大きな提灯は松下幸之助が寄贈したそうです。

ひと頃は外国人観光客でごった返してましたが、昨日はほとんどと言っていいほどいなかったですねぇ、外国の人は。原発事故の影響なんでしょうか...。

旧街道はここから右に折れ吾妻橋の方向へ進みます。「デンキブラン」の神谷バーが左側にあります。後ろ髪をひかれる思いでそこを通過し先へ進みます。(^^;

天気も良くなったので墨田公園へ寄ってみることにしました。桜の名所ですが、桜はすでに葉桜となってます。そのかわり対岸に大きくそびえる「スカイツリー」がよく見えました。

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でかいことはでかいんですが、これで今の東京タワーの倍ほども高いようにも思えないのは何故でしょね? 思いのほかずんぐりしてるからかなぁ?

次の寄り道は「姥ヶ池(うばがいけ)跡」です。

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この池には怖い伝説がありまして、こんなことが書かれてました...。

「浅茅ヶ原の一軒家に、旅人を娘に連れ込ませて、頭を石枕で叩き殺す老婆がいたのだが、ある夜、娘が旅人の身代わりになって、天井から吊るした大石の下敷きになって死んでしまう。それを悲しんで悪行を悔やみ、老婆は池に身を投げて果てたので、里人はこれを姥ヶ池と呼んだ。」

また街道に戻って進みましょ。今度は遊郭の吉原に立ち寄ってみましょう。吉原大門の近くまで来ると「見返り柳」が見えてきました。

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遊郭で遊んだ客が後ろ髪を引かれる思いを抱き、この柳の辺りで振り返ったそうです。

「きぬぎぬのうしろ髪ひく柳かな、見返れば意見か柳顔をうち」

それにしても...この写真、心霊写真ぽくないですか?( ̄- ̄;

さて、次に目指すは小塚原(こづかっぱら)の「首切り地蔵」です。

この辺りは昔「山谷(さんや)」と言われたドヤ街です。最近はそんなことありませんが、その昔は怖くて一人じゃ歩けなかったところです。(^^; 「明日のジョー」に登場するドヤ街は山谷がモデルです。泪橋という橋も登場しますが、泪橋は実在していた橋です。

江戸時代から明治初期にかけて小塚原刑場がありました。ここでは延べ20万人が処刑されたらしいのですが、その処刑者の霊を弔うため作られたのが「延命地蔵(別名首切り地蔵)」だそうです。

先日の地震の影響でしょうか、お地蔵様は台座の下にありました。危険なので降ろしたのか、揺れで落ちたのか。

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おかしいなぁ、何だか、ますます心霊写真ぽくない?( ̄皿 ̄;

ま、気を取り戻して先へ進みましょ。千住大橋を渡るとようやく千住宿です。「やっちゃば(足立市場)」の前を通過するとそろそろ宿場街らしくなってきます。ほらあった、一里塚。

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千住宿に到着です。日本橋から2つ目の一里塚なので日本橋から二里ということになります。14時に出発して着いたのが17時30分、3時間半歩いたんですねぇ。いろいろ寄り道したので10数キロ歩いたかもしれません。

たった3時間半歩いただけで疲れも感じますが、昔の人は自分の脚力を使ってどこへでも行ったんですねぇ。バイタリティが違うなぁ。上下水道完備、素晴らしいリサイクルシステムも持つ、世界に誇る江戸の街も人々のそんなバイタリティに支えられていたんですねぇ。

いやぁ~楽しかったです。

<ウェンディ>
ウエンジはおいてけ堀にいってましたでし。U( ̄エ ̄)U

<師匠>
あはは、ごめんごめん。(^^ゞ

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宮古市の義援金受付口座

このブログでお世話になっている方々の中には、今回の災害で被災した岩手の宮古市在住の方が何人もおられます。みなさんの無事は確認できてほっとしましたが、宮古市の沿岸付近は相当なダメージを受けています。そんな宮古の復興のため、ぜひぜひ皆さんの暖かいご協力をお願いします。m(_ _)m

おねがーしましでし。U(^エ^)U

【宮古市の義援金受付口座】

口座番号  岩手銀行 宮古中央支店
普通預金 2093134

口座名   宮古市災害義援金 (ミヤコシサイガイギエンキン)
宮古市会計管理者 (ミヤコシカイケイカンリシャ)
菊池正志  (キクチマサシ)

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