いつかはやりたいと思っていたことを昨日実現させました。といってもそれほど大した話ではありません。実現したというのは、旧日光街道を日本橋から北千住までテクテク歩いてみようというもの。距離にして二里、実測すると9km弱といったところです。
日光街道は日本橋を起点にして日光の東照宮へ向う街道です。千住宿はその街道の最初の宿。今でも宿場街の面影をほんのちょっと残しています。今回のぶらり旅では、その街道を実際に歩き、江戸時代の人々の気持ちをほんのちょっとでも味わってみられればと思っていました。
昨日歩いたのは、女子1人、男子2人の計3人。水戸黄門の旅のようではありますが、昨日の顔ぶれですと「かげろうお銀」「風車の弥七」「うっかり八兵衛」の配役がピッタリかもしれません。(^^;
スタート地点の日本橋には14時に集合しました。

三人衆、揃ったところでいざ出発です。旧街道は日本橋からしばらく北上し、日本橋三井タワーの交差点を右折します。まずは最初の一里塚がある浅草雷門を目指します。
しばらく歩くと日本でも有数の問屋町「日本橋横山町」にやってきました。

な~んか他人の住む町って気がしないんですが。皆さん親戚なんじゃないかと。(^^;
靖国通りを渡ると浅草橋です。江戸には36の見附(見張り所)があったそうですが、この浅草橋にも浅草見附という見附があったそうです。
神田川にかかる浅草橋。橋の上からはたくさんの屋形船が見えました。ここから隅田川に出て、花見や月見、花火などを楽しんだのでしょう。

いよいよ浅草に近づいてきました。左側には有名な「駒形どぜう」が見えてきます。

うちの父親は浅草が好きで休日のたびに子供をつれて来てました。このどじょう屋さんにも何回かきたことを覚えています。どじょうって、決して美味しいものでもないんですけどねぇ。(^^; ほんとは浅草の松屋(デパート)の食堂でチョコパを食べる方が良かった。
そうこうしてるうちに雷門に到着しました。

この大きな提灯は松下幸之助が寄贈したそうです。
ひと頃は外国人観光客でごった返してましたが、昨日はほとんどと言っていいほどいなかったですねぇ、外国の人は。原発事故の影響なんでしょうか...。
旧街道はここから右に折れ吾妻橋の方向へ進みます。「デンキブラン」の神谷バーが左側にあります。後ろ髪をひかれる思いでそこを通過し先へ進みます。(^^;
天気も良くなったので墨田公園へ寄ってみることにしました。桜の名所ですが、桜はすでに葉桜となってます。そのかわり対岸に大きくそびえる「スカイツリー」がよく見えました。

でかいことはでかいんですが、これで今の東京タワーの倍ほども高いようにも思えないのは何故でしょね? 思いのほかずんぐりしてるからかなぁ?
次の寄り道は「姥ヶ池(うばがいけ)跡」です。

この池には怖い伝説がありまして、こんなことが書かれてました...。
「浅茅ヶ原の一軒家に、旅人を娘に連れ込ませて、頭を石枕で叩き殺す老婆がいたのだが、ある夜、娘が旅人の身代わりになって、天井から吊るした大石の下敷きになって死んでしまう。それを悲しんで悪行を悔やみ、老婆は池に身を投げて果てたので、里人はこれを姥ヶ池と呼んだ。」
また街道に戻って進みましょ。今度は遊郭の吉原に立ち寄ってみましょう。吉原大門の近くまで来ると「見返り柳」が見えてきました。

遊郭で遊んだ客が後ろ髪を引かれる思いを抱き、この柳の辺りで振り返ったそうです。
「きぬぎぬのうしろ髪ひく柳かな、見返れば意見か柳顔をうち」
それにしても...この写真、心霊写真ぽくないですか?( ̄- ̄;
さて、次に目指すは小塚原(こづかっぱら)の「首切り地蔵」です。
この辺りは昔「山谷(さんや)」と言われたドヤ街です。最近はそんなことありませんが、その昔は怖くて一人じゃ歩けなかったところです。(^^; 「明日のジョー」に登場するドヤ街は山谷がモデルです。泪橋という橋も登場しますが、泪橋は実在していた橋です。
江戸時代から明治初期にかけて小塚原刑場がありました。ここでは延べ20万人が処刑されたらしいのですが、その処刑者の霊を弔うため作られたのが「延命地蔵(別名首切り地蔵)」だそうです。
先日の地震の影響でしょうか、お地蔵様は台座の下にありました。危険なので降ろしたのか、揺れで落ちたのか。

おかしいなぁ、何だか、ますます心霊写真ぽくない?( ̄皿 ̄;
ま、気を取り戻して先へ進みましょ。千住大橋を渡るとようやく千住宿です。「やっちゃば(足立市場)」の前を通過するとそろそろ宿場街らしくなってきます。ほらあった、一里塚。

千住宿に到着です。日本橋から2つ目の一里塚なので日本橋から二里ということになります。14時に出発して着いたのが17時30分、3時間半歩いたんですねぇ。いろいろ寄り道したので10数キロ歩いたかもしれません。
たった3時間半歩いただけで疲れも感じますが、昔の人は自分の脚力を使ってどこへでも行ったんですねぇ。バイタリティが違うなぁ。上下水道完備、素晴らしいリサイクルシステムも持つ、世界に誇る江戸の街も人々のそんなバイタリティに支えられていたんですねぇ。
いやぁ~楽しかったです。
<ウェンディ>
ウエンジはおいてけ堀にいってましたでし。U( ̄エ ̄)U
<師匠>
あはは、ごめんごめん。(^^ゞ
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